HONKY TONK 脳内

主に漫画についての評論 好きな漫画はジョジョ・萩尾望都・楳図かずおと答えるようにしてます。 映画についてはTwitterで https://twitter.com/hoorudenka

感想『溺れるナイフ』十代の神話は残酷に終わる。★★★

溺れるナイフジョージ朝倉完結17巻 講談社 掲載誌別冊フレンド 掲載2004年〜2014年

 

ジョージ朝倉という作家

映画化作品から。

ジョージ朝倉という作家は本当にひと目でそれとわかるくらい、画にも物語にも個性がある。この人にしか書けないと思わせるものばかりで、どの作品でも構わないので読んでください。読みやすいのは短編集で人気に日をつけた『恋文日和』だろうか。卓越した画力と、胸キュンストーリーテーリングが光る。

 

 

とても粗いあらすじ

では本作『溺れるナイフ

主人公はなんと小学生人気モデル望月夏芽。彼女が親の事情で東京のきらびやかな芸能界か離れ、田舎に越してくるとこから物語は始まります。

なんでこのコマやねん。後述します。

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田舎に越してきて半ば絶望する彼女は、どこか影のある大人気ガキ大将長谷川航一朗、通称コウちゃんと出会います。コウちゃんはこのあたりの大地主で神主でもある一家の長男で、「この町のものは全部おれの好きにしてええんじゃ」と臆面もなく発言する、ワイルド少年です。

 全然画像のサイズが違いますが

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余談ですけど、すごい『ポーの一族』のエドガーに似てますよね

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そんな彼の力強さによくも悪くも影響されていく彼女。この幼さから、またコウちゃんが持つ神々しさから、人生の絶頂ともいえる全能感を得ていく夏芽。

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 ですが、この全能感はある事件によって無残にも破壊され、二人の間に致命的な溝を生みます。そしてコウちゃんはグレる。心配しながらも自分の生き方を模索する夏芽。

後は読んでください。

 

天才の天才たる所以、凡庸からの一脱

この物語は端的に言って夏芽とコウちゃんという二人の天才のぶつかり合いと言えます。夏芽はその魅力からトップタレントしてスターダムをかけあがります。

コウちゃんはグレてしまっているので喧嘩三昧ですが、その中の狂気は周りの人々を魅了しています。

先に挙げました夏芽のコマですが、彼女のセリフ「最低だ・・・」からわかる通り、自分で言っていますがこの女マジで最低です。

詳しくは言えませんが思いっきり痛烈に人を裏切ります、しかもいい奴を。ナイーブな人ならもうこんな主人公に感情移入できない!もう読まない!となるかも。いやそんな人いないか・・。

とはいえ、通常の感覚から一脱した行動をとるわけです。他にもたとえば、自分のトラウマを利用した脚本を引き受けるとか。

これはコウちゃんにも当てはまります。端的にこれは常軌を逸した暴力と発言、また彼の育ってきた環境で描かれています。

最低と断るのにいささかの躊躇もしないこの二人ですが、それもそのはず天才は凡人には理解できません。

このある時点での感情移入困難さは二人の天才性を高めるのに必要な描写ですね、すばらしいです。 

ジョージ朝倉はこのような天才の一脱がとても好きな作家です。他作品でいうと『ピースオブケイク』のあかり、彼女は結局主人公たちとは離れてしまいました。天才ですから。『平凡ポンチ』のミカは人を殺しそれを作品するとか言い出す。天才ですから!

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ちなみにこの天才の一脱というテーマは松本大洋もよく扱うテーマです。*1

炎と水の美しいイメージ

本作の画について。ジョージ朝倉は画もとても上手い人です。

この作品でもいかんなく発揮されており、特に美しいのが繰り返される炎と水のイメージですね。この極端な対立、前述の天才の話とも重なりますが「極端」というのもこの作家が好きな要素です。これが彼女が他の作家と一線を画す魅力ですね。

話がそれましたが、炎と水。

水はタイトルにもありますが、以下の画のようにロマンチックとか幸福の場面でよくでます。

二人の水没ですね、美しいです。

夏芽とコウちゃんの関係が決定的になるシーン。これと同じシーンは何度も出ます。

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次に炎ですが、これは二人が暮らす田舎町のお祭り火祭りや、コウちゃんの実家だっけ?思いっきり放火されるとか。以下はコウちゃんの魅力が象徴的に描かれる。「最初」の火祭り。こっちは破局とか絶望のイメージでよく出ます。

二人を引き裂くある事件の舞台ともなる火祭りのシーン

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このビジュアル面での対立もすごく魅力的で、この漫画の力強さを際立たせています。

不満

不満点です。よく言われていると思いますが、終盤について。

コウちゃんの描写ですね。コウちゃんは終盤になると、だんだん凡人に近づいていきますが、これは子ども大人になるに従って経験することなので、青春を描く作品にはむしろ付き物といっていいです。しかし、ちょっとまずいのが安易に格式張った『罪と罰』とか読書させて、しかもモノローグとして『ファウスト』とか気取った作品を引用しちゃうところですね。好き嫌いもありますが、実は喧嘩だけで頭もいいんだコウちゃんはということを表現したいのなら、こういうある意味中二くさい描写はやめたほうがいい。凡人を通り越して安っぽい人物に見えてくる。

また、『ファウスト』の引用もいかにも唐突で、作品の勢いを殺している。終盤になるとちょっと失速、問題のラストの一言も俗っぽくてやだ。映画ではどうなるだろうか。小松菜奈好きです。

*1:松本大洋は天才をよく描く。『ピンポン』におけるペコ、『鉄コン筋クリート』のシロ、『ZERO』の五島雅、『竹光侍』の瀬能宗一郎など、彼ら天才が社会となんとか折り合いをつけるか、完全に離れてしまうかのせめぎ合いを繰り返し描いている。