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HONKY TONK 脳内

主に漫画についての評論 好きな漫画はジョジョ・萩尾望都・楳図かずおと答えるようにしてます。 映画についてはTwitterで https://twitter.com/hoorudenka

誰も話さない本当の『ONE PIECE』第5回『ONE PIECE』のこれから。

ONE PIECE』のこれから。

では、『ONE PIECE』の話題に立ち返り、この作品のこれからについて述べたい。

すでに『ONE PIECE』は80巻を超えたが、その終わりはまだまだ見えていないといっていい。そしてこのように長く続いたせいだろうか、本作の最近の話は個人的には不満なところが増えてきた。

まず、第1回にあげた一味の仲間ブルックの件。彼の冒険の動機は死んだ仲間の思いでもあったラブーンとの再会である。一応、この死んだ仲間からの「遺産」を引き継いでいるという見方もできるが、ここでは先人や先輩からといった「縦のつながり」はない。もしかすると、彼の生きていた時の*1説明は乏しいので語られるかもしれないが、彼が仲間になる過程に弱さを感じた人も多かったのではないだろうか。ここではどちらかというと仲間たちという「横のつながり」がむしろ主軸になってしまってる感じがある。

さらに白ひげとエースの死についても不満がある。

気になるのは白ひげの意思は誰が継ぐのかという問題である。つまりはエースを死なせるべきではなかった思う。

だが、これには様々な反論があるだろう。まず白ひげの「遺産」はルフィに引き継がれた説。この意見は納得しがたい。まず白ひげとルフィとのつながりはほとんどないし、ルフィは彼の死よりもむしろエースの死の方に頓着している。

次にまだ出てないが、存命の腹心不死鳥のマルコが後継者だとする説。

こういうことであればのちの展開に期待したいが、彼が作品内でエース以上の存在感を持てるとは思わない。

最後に、白ひげの本名エドワード・ニューゲートよろしく新時代の扉を開いたことが「遺産」だという説。承服できない。彼の死によって物語が大きく動いたという感じは、冷静にみればない。海軍のトップが代わり四皇が一人減ったとしても、世界政府が世界を支配し、四皇が海賊のトップに君臨しているという構造は変わらない。よって特に作品に大きな意味を加えたとは思えない。

そしてこの二人の死のエピソードでクロースアップされたキーワード、それは「家族」である。

白ひげ死ぬ間際の回想

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 一応白ひげが仲間たちを息子と呼ぶことから、「縦のつながり」と見なすこともできるかも知れないが、それならばなおのことエースを死なせるべきではなかった。このエピソードは家族といいながらも、むしろ仲間愛をつまりは「横のつながり」を強調してしまっている。エースの最後の言葉「愛してくれてありがとう」も仲間にあてた言葉という意味合いが強い。

本作『ワンピース』についての最近の危惧は、作者自身が巷の仲間大事言説に徐々に引っ張られているんじゃないかということである。これまで述べてきたように本作において重要なのは「縦のつながり」であって「横のつながり」ではない。

自分の意見から物語が逸れているから不満という偏狭な心からではなく、エピソードの強度は落ちてきているのではないかという不安である。端的に言うのであれば、単純にここで挙げたエピソードが「ヒルルクの桜」より好きだと断言できる人はなかなかいないのではないだろうかということだ。

改めて、本作の肝は「縦のつながり」であると断言しておきたい。

 

最後に

ここまで『ワンピース』における「遺産」を引き継ぐというテーマ、そしてそこから引き出される「縦のつながり」について述べた。さらにはその魅力と社会との接点についても論じ、他のヒット作におけるこのテーマの向き合い方も見てきた。

この文章の最終部が批判で終わってはいるが、本作が現時点で優れた作品であるという評価は揺らがない。優れた作り手は誰もがおぼろげに感じることを、意識的にせよ無意識にせよ、魅力的な形で受け手に再提示することができる。*2ここではたまたま日本の歴史と結びつけたが、「遺産」を受け継ぐという話題はどこにでも存在するごくありふれた話であり、本作ではそれがとても感動的に描かれ、それが絶大な評価を得ていることは間違いではない。

繰り替えしになるが、尾田栄一郎という漫画家が優れた作家であり、その意味では現在正当な評価得ていると言える。しかしながら、作品に対しての理解が十分ではないことはとても残念だ。そして、長く続けてきたこの文章がその理解の一助になればと思う。

 

 

*1:ブルックはヨミヨミの実の能力者ではるか昔に一度死亡し、骸骨となって蘇っている。

*2:これは単にいわゆる「世相を反映」しているという陳腐なものを指すのではない。もっと普遍的な感覚のことを指している。