HONKY TONK 脳内

主に漫画についての評論 好きな漫画はジョジョ・萩尾望都・楳図かずおと答えるようにしてます。 映画についてはTwitterで https://twitter.com/hoorudenka

感想『銀の三角』SFマガジンに連載された少女漫画の神による超難解SF ★★★★

銀の三角』文庫1巻 萩尾望都 掲載誌SFマガジン 1980年〜1982年

 

少女漫画における手塚治虫 萩尾望都という作家

今も現役で書き続けている萩尾望都ですが、少女漫画の第一人者の一人としてこの方をあげることに異論のある人はいないでしょう。というよりいません。

最近のニュースは彼女の代表作『ポーの一族』の続編が書いたとか、2012年に少女漫画家では初となる紫綬褒章を受章したというところでしょうか。ちなみにそのあと、同年代の竹宮惠子も同章をもらっています。

また、一番馴染みがあるかも知れないのが、菅野美穂の若い時に主演していたドラマ『イグアナの娘』でしょうか。自分を醜いイグアナだと認識してしまっている少女が主役の大胆なドラマでしたが、これは萩尾望都の漫画が原作です。

もっと最近であれば、宮藤官九郎脚本のドラマ『11人もいる!』は内容こそなにも関連はありませんが、『11人いる!』という萩尾望都の漫画タイトルをもじっています。

なんだかとても長くなりそうな予感がしてきたので、いつかちゃんと書くとして、簡単にまとめます。

萩尾望都や、前述した竹宮惠子を含むいわゆる「花の24年組」は少女漫画という枠を大きく広げた作家たちでした。その1つの功績としてSF要素の導入ということがあるのですが、今回の作品『銀の三角』は彼女たちが生み出したSF作品の1つの結実といえるでしょう、なんといっても日本で一番のSF雑誌に連載し、SFファンという数あるファンの中でもうるさい人たちに評価を得たのですから。

 

銀の三角あらすじ

非常にあらすじが難しい作品なので、どれくらい複雑かわかってもらうためのあらすじになると思いますが、まず物語の舞台はどこかの銀河系、星間飛行やクローン技術が当たり前のようにある世界です。登場人物にいきましょう。

 

マーリー1

中央の役人。中央の権力を維持するために超能力を使い、宇宙の均衡を乱すあらゆる要素を察知することができる。また、無意識的に時空を飛び越えることができる「時空人」

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エロキュース

不思議な歌を持つオペラ歌手。暴徒に巻き込まれ死亡する。

マーリー1は彼女の歌に危険を察知していた。

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マーリー2

マーリー1の死後12日後に作られたクローン。

蘇生時のミスでエロキュースの記憶注入され、混乱している。

彼も時空人。

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マーリー3

2の事故を受けてちゃんと蘇生されたクローン。

彼が物語をちゃんと進める。やっぱり彼も時空人。

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ラグトーリン

謎の吟遊詩人。時空を自在に飛び、かつそれをある程度コントロールできるらしい。

異国情緒あふれる格好でとても髪が長くてきれい。ある事情から、マーリーは彼女を追いかけることとなる。

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ミューパントー

辺境の王族に突然変異で生まれた、滅んだはずの細長く金色の虹彩を持つ一族。

生まれついての時空人で、殺されても他次元から健康な体が復帰し死なない。狂った王に忌子として嫌われ、殺され続ける。

ラグトーリンいわく彼の存在そのものが宇宙の崩壊をまねきかねないという。

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いかがでしょうか。かなりわかりやすく書いたつもりですが、全くSFに馴染みのない人にはきついかも知れません。マーリーはクローン技術で3人おり、彼らが時空をワープしながらエロキュース、ミューパントーに連なる謎を探求していくのが一応の筋ですが、ラグトーリンという最後まではっきりしない謎の存在と、その複雑な時空間の移動、そしてどの時点のマーリーなのかというこれまた複雑な事情のせいで中々筋が掴みにくいです。

 

壮大なストーリーと神話のような美しい画

上記のようなスケールの大きな物語も楽しいですが、本作の魅力はなんといっても画の美しさでしょうか。流麗というのがぴったりな感じですけども、先のミューパントーの画もそうですが、どのページもかなり気合いが入っていて書き込みが非常に細かい。

だけどもラグトーリンの髪とか、風の効果線とかすごく線のカーブがきれいで、神話のように美しい。写真が汚くて申し訳ないのですが、何枚か貼ります。

 

ラグトーリンの髪の毛。髪のうねりがとても川のように美しい

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実は画面内の線や模様でかなり要素が多いのだが、巧みな構図でうまくまとまっている。

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普通の会話でもラグトーリンはかなり服の関係で線が多いが、非常にきれい。

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「花の24年組」の1つの特徴として、これ以降も受け継がれている「コマの破壊」がある。本作には少ないが様々な要素をうまく凝縮している。

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萩尾望都とノスタルジー

萩尾望都の魅力は現時点で思うのは、やはり非常にノスタルジーな作家だということ。具体的に言うと、失われた時を振り返るときのなんともいえない感情、それは懐かしさという言葉で回収できないような悲しさを作品全体で感じさせてくれる。

そういう特徴でいうと代表作『ポーの一族』はとてもそれがストレートである。永遠に生きる美少年であるエドガーは、過去であった人がその姿を目撃する時、自分の在りし日の思い出に涙する。しかし、そのエドガー自身も自分が幸福だった時代を反芻しながら、苦悩とともに長い時間を生きている。

この作品もそれに漏れなく、ノスタルジックと言えるかもしれない。しかし、事情はちょっと複雑で単純に過去というのではなく、様々な関係で消えてしまった存在、また本来ならあるはずだった時空というおぼろげなものが対象で、そういった意味では一段と難しいノスタルジアなのだが、この作品でしか味わえないものであると思う。

 

SFとノスタルジー

ところで、SFに対してノスタルジーはとても典型的なものである。SFというのが基本的に未来のことを描くものなのに、実は努めて過去に想いをはせる物語になってしまうのはおもしろい。というか、おもしろいと思いませんか?

宇宙飛行士が初めて宇宙にいって際の有名な言葉は「地球は青かった」、いやいや宇宙のこと話せよっていう。タイムマシーンという未来の機械がすることは、過去を見に行くこと、崩壊した地球で生き残った人がすることは過去の文明を探すこと、クローンを作る時はもちろん若い時の自分、ネルフの総司令ゲンドウが密かに願ったことは在りし日の妻を間接的にでも復活させること、暴走したテツオが最後に見た夢は金田との思い出でした。

失われた時を求めるのはSFの専売特許ではありませんが、SFの1つの典型でもあります。そして、萩尾望都はそれをとても非常に上手く描くことができる作家です。

ちなみに、本作ほど難しいSFに自信がない人は同作家の『スターレッド』から始めてください。いわゆる超能力少女の話で読みやすく、最終的にすごいところ結末になるのでよいです。

 

 

銀の三角 (白泉社文庫)

銀の三角 (白泉社文庫)

 

 

 

スター・レッド (小学館文庫)

スター・レッド (小学館文庫)