誰も話さない本当の『ONE PIECE』第1回 ONE PIECEは先人の「遺産」を受け継ぐ物語
はじめに
『ONE PIECE』という作品が漫画において重要であることを認めないわけにはいかない。
日本の全出版物の中でぶっちぎり一番をマークし続ける週刊少年ジャンプを長年支え、単行本が発売されると毎回ベストセラーを叩き出し、その経済効果は計り知れない。
しかも2016年6月現在82巻という長寿。ちなみにアマゾンで80巻と検索してヒットした漫画は『名探偵コナン』『こち亀』『あさりちゃん』『ジョジョ』『美味しんぼ』『はじめの一歩』『ゴルゴ13』といった作品。すげぇなあさりちゃん。
書いているうちにかなり長くなったが、簡単な話なのでワンピースを読んだ人はざっと読んでも理解できると思う。
ちなみに、この記事はこのブログを始めるにあたって一番最初に書いたのだが、考えていることを書いていたら1万字になってしまった。これでは誰にも読んでもらえないと思い、テーマごとに分けることにした。
ワンピースの主題 「遺産」を受け継ぐということ
第1回は『ONE PIECE』が一体どういう物語かということについて考える。
タイトルにもあるようにそれは「遺産」を受け継ぐ物語と言える。なにを当然のことをと思われるかもしれないがこのことをよく考えず、世間的には「ONE PIECEは麦わら一味を始めとする仲間との物語だ」という話になってしまいがちである。
この言説を否定するつもりはないが、「仲間」というのはこのテーマに比べると枝葉でしかない。これに関しては次回詳しく考えたい。
話を戻そう、ではなぜ先人の「遺産」受け継ぐ物語と言うことができるのか。
まず物語の最も大きな構造を見て欲しい。ルフィ達の冒険の目的は海賊王ゴールド・ロジャーの「遺産」、ひとつなぎの大秘宝ワンピースを手に入れることだ。
紛れもなく、これは先人の「遺産」を受けつぐということはわかってもらえると思う。
では、次にルフィ一味の個々のエピソードを見てみると、仲間達の過去という小さな構造でもこの「遺産」を受け継ぐというテーマが反復されている。ざっと紹介すると以下のようになる。
①ルフィの場合
赤髪のシャンクスが自分の片腕を犠牲にして彼を守り、海賊王への道を拓いたことは、ルフィがシャンクスから多くのものを受け継いだと言える。
トレードマークである麦わら帽子もこのとき手に入れている。
のちにそれはゴールド・ロジャーの「遺産」と発覚するが、彼に「遺産」を与える人物はエースや白ひげとまだまだ増えている。
②ゾロの場合
親友くいなの死と、その親であり師匠のコウシロウ先生は、彼の生き方に多大な影響というか、世界一の剣豪になるという生き方そのものを与えている。ゾロはアラバスタ編でのMr.1ダズ・ボーネス戦でも彼の教えを思い出しているし、くいなの「遺産」は「和道一文字」という三本の中で唯一折れていないとして刀として残ってもいる。また、彼にはミホークという新たな師匠もできた。
③ナミの場合
育ての親ベルメールさんは、死を持って彼女に親子の絆など多くのものを遺した。
それは船が新しくなっても引き継がれた、みかんの木という形でも残っており、ナミという強く賢い女性の原点でもある。
④ウソップの場合
まだ見ぬ父親ヤソップに象徴される強さへの憧れは、父親が彼に残した「遺産」だろう。彼のこの憧れは、巨人族ドリー&ブロギーによりさらに強化される。
⑤サンジの場合
自らの武器である片足を投げ打ってまで彼の命を救ったかつての海賊ゼフは、彼に料理や足技といった生きる術までも与えた。彼にとってゼフは父親にも等しい存在で、実際に親父と呼んでもいる。彼の影響でサンジは食べ物を粗末にすると怒る。
⑥チョッパーの場合
作中最も感動的なエピソードという呼び声高い「ヒルルクの桜」でも、主題は「仲間」ではなく、Dr.ヒルルクとくれはが彼に「遺産」を与えるというものになっている。ヒルルクの研究はまさに引き継がれた「遺産」と見るべきだし、くれははトナカイ人間である彼を息子とすら呼んでいる。
⑦ロビンの場合
ナミとは逆に親であると言わないことでその絆を証明した母親と、故郷オハラの研究者たちの目的は彼女の目的にもなった。そして、彼女は失われた歴史を記した「遺産」である古文書ポーネグリフ(歴史の本文ともいう)を読むことができる。これはもっとも重要な遺産である大秘宝ワンピースの核心ともなる部分である。
⑦フランキーの場合
船大工の師匠トムさんから彼は技術だけでなく、職人の心意気も受け継いでいる。
また、一時期は彼から受け継いだ禁断の古代兵器プルトンの設計図も持っていた。
⑧ブルックの場合
一応、死んだ仲間達の思い出、いうなれば遺産を、鯨であるラブーンに渡すことが彼の冒険の動機である。しかし、彼には他の仲間達のように偉大な先輩からという要素が薄い。どうやらゴールド・ロジャーより先輩である*1彼自身が「遺産」とも言えるが、このままいくと作者尾田栄一郎自身が、いわゆる仲間大事言説に引っ張られているという汚点になり得る。僕の作品に関しての不満は最後にまとめる。
以上で麦わら一味が個々に「遺産」を受け取っているという構造が明らかになった。
これに限らず、一味以外でも「遺産」を受け継ぐというエピソードは、空島のシャンバラという土地、ノーランドの伝承やトラファルガー・ローにおけるコラソン、白ひげとエースなど、枚挙にいとまがない。
また、いいものだけでなく悪いものを受け継いでいる人たちというもいる。ドフラミンゴの世に対する恨みやホーディ・ジョーンズの理由のない人間への敵対心がこれにあたるが、このような悪い面も描くところに作者の優れた才能が見える。
ワンピースが大きい構造でも、また個々のエピソードでも「遺産」を受け継ぐことを繰り返していることがわかってもらえただろうか。
これによって、本田区は「遺産」を受け継ぐ物語ということができるだろう。ちなみに「仲間」の話は確かにほぼすべてのエピソードで扱われているが、大きな構造にはなっていない。
次回はこの「遺産」を受け継ぐということがなにを表しているか、さらに深く考える。
*1:どのエピソードか忘れたが彼がロジャーの名前を聞いた時に「そんな名前のルーキーがいたような・・・」と発言している
感想『女帝』kindleセールだったから読んだ、今は感謝の気持ちしかない。★★★★
『女帝』全24巻 画 和気一作 原作 倉科遼 掲載誌漫画TIMES 掲載年1996年〜2001年
倉科遼という作家 ネオン漫画の元祖
倉科遼といえば、ネオン漫画の元祖、いわゆるホストとかホステスとかの漫画、66歳の大ベテランと知ったのはこれを読んでから。よく名前は見るなとは思っていましたヤンジャンでやってた『夜王』とか。
ですが、一番思ってたのはお父さんが読むちょっとスケベで変な漫画
なので『女帝』もアマゾンセールで100円だったから読んだんですが、なめてましたすみません。おもしろかったです。
あらすじ。私は夜の世界で女帝になる!
熊本でスナックを経営する母と暮らす高校生立花彩香。美人で頭もいい彼女は、みんなのあこがれで、地元企業のおぼっちゃま杉野謙一もその一人であった。しかし、そんな彩香に猛烈なライバル心を燃やす政治家の娘梨奈は、ある事件をきっかけに彩香を陥れる。そしてそれと同時に杉野の父親は、彩香の母にスナックの立ち退きを迫り、そのストレスから彼女は病死してしまう。
そして彼女は自分たち親子を苦しめた謙一と梨奈をはじめとする「上流の」人間に復讐することを誓った。そして、それを実行するために自分ともっとも近い夜の世界での「女帝」を目指すのだった。
顔面崩壊も気にせず、啖呵をきる彩香。これで高校生。
「女帝」への道。しかし、「女帝」とはなにか。
こうして女帝への道を歩んでいく彩香ですが、実は具体的な女帝像は持っておりません。前述の人たちへの復讐を目的とはしますが、どういう人間がそれに当たるのかわかっていないので、あれこれ悩みながらホステスをやっていくんです。
でも、なんとなくわかると思うんですが、いわゆるやくざとか政界の実力者と仲良くなって世の中をコントロールするという、確かにそれもあります。
客のスキャンダルを握りつぶすためにやくざを使い、しかもすっとぼけるあたり既に悪役に見える。
しかし、本作はそれだけではなく、自分が雇っているホステスの将来はどうするか、ひいては銀座の街をどうしていくかというというところにまで言及していきます。
ホステスがパアッと行くときはゲイバーにいくのか。
この問題にどう決着をつけるか、彩香がどんな「女帝」になるかは読んでご確認ください。24巻とちょっと長いですが、各話平均4ページくらいは彩香のシャワーシーンとなっておりますのでご安心ください。
変なところ。
最初にちょっとスケベで変な漫画と思っていたとありましたが、今はちょっと反省しています。しかし、変な漫画というところは間違っていなかったと思っています。
しかしそれも含めておもしろいのでちょっと紹介します。
泥棒猫!!
ホステスの世界の話なので寝とった、寝取られたの話は結構出てくるのですが、掲載年から考えても「泥棒猫」はちょっと古い。でもまぁ許せる。
夫婦喧嘩。
彩香の同級生杉野と梨奈はけっこう序盤で結婚します。いわゆる政略結婚なので、この夫婦の仲は浮気などもあって徐々に冷たいものになっていくんですけども、久々に妻が誘う時の一場面。
色情狂(ニンフォマニア)か!!と激しいつっこみ。
なんで口調がツッコミ調なのかとか、そんな罵倒はじめて聞いたわということもありますが、それにつられて妻が不能野郎!!に対してインポとルビをふっているとこがぐっときますね。
死ねやぁっ!!
本作のみどころといえばベットシーン、大人の漫画なので、やっぱりあります。
そんなに過激ではないですが画は載せられないので、セリフだけご紹介します。
「アアッ イイッ アアッ スゴイ!! アアッダメ イクウ…!! アアッ!イクウ!!
イヤア…ダメエ……イクウ!!アアッスゴイ スゴイッ
許して ダメエ!! アアッ イイッ!!イイイッ
イメチェンの失敗
作中10年弱くらい経過するので、主人公を含め登場人物の見た目が変わっていきます。
ですが、たまにこの「イメチェン」に失敗する人が出てきます。
以下は彩香のホステスでのライバル、薫です。
まぁちょっと眉毛太すぎて変だけどまぁいいかって感じですが、時が経つと…
なんだそのものすごいモミアゲは。
次に彩香にとっての重要な人物となるヤクザ伊達直人。
なんでタイガーマスクと同姓同名なのかは作中誰も気にしませんが、そんな彼もイメチェンに失敗してしまいます。
登場時の伊達直人。いかにもやくざという出で立ち。
ですが数年経つと
リアル桃白白になってしまいました。
彼もそれに気づいたのでしょう。この後、緩やかに最初に近いビジュアルに戻っていきます。
妊娠に対する見方。
ネタバレ気味になっちゃうんですけど、彩香が子どもを作ろうか迷うみたいな話が出てきます。そこから見えてくる作者の妊娠に対する見方がおかしい。
まず、その問題の話につながる前話のラストページをみてください。
普通の会話ですが、問題は次の話のタイトル。
受胎計画
びっくりするわぁー間違ってエヴァ開いちゃったかと思ったわぁー。
今ちょっと問題になってる妊活もこう呼んだ方が深刻さが伝わると思います。
終わりに
この年代の作家は、劇画のシリアスな中にナチュラルかつ高等なユーモアをはさんできますよね。それを見つけた『クロマティ高校』を超えるほどに。
親父もこうやってつっこみながら読んでいたのだろうか。
感想『窮鼠はチーズの夢を見る』おそるべき男(ゲイ)VS 女の戦い。★★★★
『窮鼠はチーズの夢を見る』水城せとな 小学館 掲載誌『Judy』『NIGHTY Judy』
BLの傑作‥だと思う。
BL作品です。このジャンルはほとんど読まないのでどれが傑作だとかは実は知りませんが、それでも読んだ中ではダントツで面白かったです。
水城せとなはドラマ化もされた『失恋ショコラティエ』で大ヒットした人です。僕もこの作品が好きで調べてみたら、もともとBL作家ということでじゃあ読んでみようという。『失恋ショコラティエ』が非常に繊細かつドラマティックな心理描写で素晴らしいなぁと思っておりましたが、本作『窮鼠はチーズの夢を見る』はこれ一冊でその魅力がほぼ楽しめるといって過言でないかと。
あらすじ
会社員大伴恭一は、ある日大学時代の後輩今ヶ瀬渉と再会する。しかし、今ヶ瀬は興信所に勤めており、聞けば奥さんからの依頼で恭一の浮気調査を進めていたという。そして今回めでたくその複数回の浮気のネタがつかめたのだが、ある条件と引き換えに奥さんにこのことを報告しないこともできるという。それは「貴方の体をもらうこと」。
「お前ゲイだったのかよ」と驚きつつも結婚生活のために体を許す恭一。こうして浮気はばれなかったものの、浮気を繰り返す原因であるその優柔不断さから離婚。そして、そこにつけいる今ヶ瀬に徐々に籠絡されていくが、その間様々な女性から言い寄られ…。
ゲイVS女
一般的にはゲイと女性というのは仲がいいというのが定説かと思われます。テレビでもいわゆるオネエキャラはその絶妙な立場から、ともすると女の敵になりがちな女子アナ
にもずばずばものをいいますが、愛情を感じさせるものだし、やはり全般的には女の味方であります。しかしながら、実はそのほとんどが夜の商売出身なので男を立てるのも一級という、たくましい方たちなのですが、この作品の場合事情が違います。
女性とゲイがなぜ同じ男を恋愛対象にしながらぶつからないか、答えは簡単、ゲイはゲイの男を狙うし、女性は大多数のノンケを狙うというはっきりとした住み分けができているからです。しかし、この作品では優柔不断でゲイになりかけの男を狙うことから両者が真っ向からぶつかります。
とこう書いてしまうと、ずっとぶつかっているようですが、そんな昼ドラみたいなわざとらしい芝居は水城せとなは書きません。直接ぶつかるのは作中一度ですが、そこでの会話がとても素晴らしくて、しびれる!一語一句同じではないですが、ちょっとだけ書きます。
女「私は恭一があなたのようなドブにはまっていくのを、見過ごせない。」
今ヶ瀬「僕はドブですか?」
女「そうよ、ドブよ。」
こえぇ。
白目の魅力 高橋葉介と小松奈々
高橋葉介という作家。
1977年雑誌『漫画少年』に掲載された『江帆波博士の診療室』でデビュー。今年で漫画家39年のベテランであるが、メジャー誌での連載がないせいか漫画好き以外にはあまり知られていないが、藤田和日郎(代表作『うしおと虎』)や田島昭宇(代表作『多重人格探偵サイコ』)、平野耕太(代表作『ヘルシング』『ドリフターズ』)といった面々に敬愛される作家である。
代表作は何と言っても著者のライフワークともなっている『夢幻紳士』シリーズ。
謎の人物夢幻魔美也が、ポーや乱歩を思わせるような怪奇な世界で活躍する物語です。とはいえ、実はお話はさほど重要ではなくこの人の作品いおいて最も魅力的なのは画です。
ほとんどを筆でのみで描く妖しい画
有名な話でこの作家はほとんど筆のみで作画を済ませてしまうそうです。そのため黒と白がはっきりとして、輪郭は独特の丸みを帯び、非常に妖しい画となります。何枚か見てもらいましょう。
件の夢幻魔実也、完全に黒と同化したかれがとても妖しいく、かっこいい。
後述するが、この目が重要。魔美也は目で怪奇を見通し、時には催眠術を仕掛ける。
美人の残虐画も得意。このハイライトもシャドウもない女の裸はひとえに筆による線だけで表現されている。
普通に怖い画もかける
まだまだ、あげたいところだが、これくらいにしておいて本題にいきたい。
高橋葉介の白目
高橋葉介の画について言いたいことは「目」につきる。
すでにあげた魔美也の目や以下のような女性の目にも共通点がある。
それは黒目より白目の方が多い、三白眼だ!
見よ、この美しい三白眼。
乱れた髪と三白眼
黒目と白目
一般に黒目は大きいほど可愛さを強調することができる。黒目を大きく見せるコンタクトなんかはまさにそれだし、アイドル的な女優も黒目が大きい。小動物もこれにあてはまります。
石原さとみ 目の八割くらいが黒目
子犬は100%黒目
逆に白目の多い、いわゆる三白眼はこれとは逆に三白眼は妖しさや不気味な印象を持たれがちなので、テレビとかでは結構珍しいです。
小松菜奈
こんなゾクゾクする妖しい目の女はいないもんかと思ってました。
たまにいますが、真里アンヌとか。
でもちょっと前に出ましたね『渇き』という映画は、彼女を世に出したことだけがその価値とも言えますが、小松奈々です。
完璧だ。完璧な白目だ。前述の高橋葉介の「でてこい」の画と見比べてほしい。素晴らしい一致だ。『渇き』では「あの悪魔」と呼ばれていましたが、まさしく悪魔の目だ。こんな妖しい目つきの女の子が最近では、普通に少女漫画原作の映画で主演してるとか信じがたいです。みんな騙されてるんじゃないのか、あの目に。
『夢幻紳士』シリーズはいくつもバージョンがありますが、
読み始めは以下の4作をおすすめします。
夢幻紳士 (怪奇篇) (ハヤカワコミック文庫 (JA889))
- 作者: 高橋葉介
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/05
- メディア: 文庫
- 購入: 5人 クリック: 21回
- この商品を含むブログ (25件) を見る
感想『かっこいいスキヤキ』孤独のグルメの原点。俺はお前の食い方が気にいらねぇ!★★★★★
『かっこいいスキヤキ』泉昌之 扶桑社文庫 掲載表題作1983年 掲載誌おそらくガロ
泉昌之という人
個人ではなく作画泉晴紀、原作久住昌之の二人の連名。最近はこの二人での作品はないらしいが、久住昌之の名前はよく知られているだろう。
『孤独のグルメ』、『花のズボラ飯』の原作者であり、グルメ漫画の大御所である。
彼は漫画原作だけでなく、エッセイや絵本の原作も手がけているらしい。知らなかった。そして、彼の初期作短編集がこの『かっこいいスキヤキ』である。
食べ物ではなく「食べ方」への着目
いろんな漫画が収録されているが、グルメ的な題材に限定すると表題作「かっこいいスキヤキ」と「夜行」だろうか。
このどちらも特に食べるものに頓着してない、前者はすき焼き、後者はしがない駅弁である。ここでのすばらしい着目は食べ方への異常なこだわりである。
かっこいいスキヤキ
舞台は部活の合宿だろうか。主人公を含む四人組がすき焼きの鍋を囲んでいる。
主人公はこの中で様々なこと考える。
「あいつ肉ばっか食いやがって、これだから田舎もんはいやだぜ!」
さすが東京育ちの〇〇は違うぜ肉と野菜をバランスよく、食ってやがる。いや待てよ…。」
「こうなればあいつの見えない位置に肉を配置してやる」
まさに心理戦。浅ましい食い意地のぶつかり合いである。食べ方から勝手に相手を生い立ちまで
想像し、嫌いになっていくさま。
いやな感じがしてしまいそうだが、ちゃんとギャグになっているので、何回読んでも笑える。
夜行
世にも奇妙な物語で実写化されていたのを思い出す。
トレンチコートのハードボイルド男が、駅弁を食べるだけの話。
しかし彼の食べ方のこだわりは異常だ。おかずに対してどの程度ご飯を食べるか、漬物やほかの惣菜はどうはさんでいくか、細かく計算して食べていくのだが、それだけで面白い。この辺りは『孤独のグルメ』と同じ魅力か。
人の食べ方は面白い、そしてくだらない。
人の食べ方はまさに千差万別で面白い。何から食べるのか、おかず?汁物?付け合わせ?好きなものから食べるから、嫌いなものから片付けるか。箸の持ち方はどうか。好き嫌いはあるか。醤油をかけるソースをかけるか。無限とも言える選択肢がある。
それによって得られる他人の印象、本当にささいなことだけど、気にする人は異常に気にする。でもこの漫画を読めば、それが笑い飛ばすべき些細なことだと気がつくだろう。
食べ方ジャンルの広がり。
『孤独のグルメ』がこのジャンルのやはりスターだろう。
久住昌之というパロディ作家と大御所谷口ジローのクソ真面目な画が合わさったとき、この奇妙に気になる漫画が生まれた。食べるものより主人公五郎の食べ方、あるいは食べるに至るまでの道のり、別に変なところはないのになんだかおかしい。
また、直接的なフォロワーとしては『目玉焼きの黄身いつつぶす?』だろうか。
主人公の二郎は、人の食べ方が異常に気になる、目玉焼きの黄身はどのタイミングでつぶす?とか何をかけるか。カレーは全部混ぜるか、少しずつつけるか。焼肉で白米は食べるべきか、カツのキャベツはどう食べるか?まさに『かっこいいスキヤキ』が開拓したジャンルである。この作品もとても面白いので『孤独のグルメ』がすきな人は是非読むべきである。
紹介 小梅ちゃんの作者 林静一
林静一
小梅ちゃんの作者といってわからないなら、アジカンのジャケットで有名な中村佑介の元ネタといった方がいいだろうか。あの平面的で色白ながらも、目をひきつけてやまないイラスト。林静一という大ベテランはもっと知られてもいい作家だ。
今でこそイラストレーターだが、漫画も描いていた。漫画雑誌「ガロ」でつげ義春、鈴木翁二と並んで突出した才能を見せていた彼の画風は、中村佑介が示したように現代でも十分魅力的だ。
漫画作品 『赤色エレジー』
1970年の作である。貧乏漫画家である主人公と彼女との愛おしくも苦々しい同棲生活を描く。フォーク歌謡『神田川』みたいな世界観といえばわかりよいだろうか。
僕はたまにこの時代こういう貧困の有様が、あるいはフォークの世界観が、今の時代と近いような気がすることがある。フォークはヒッピーに代表される反戦の影を深く背負っている。アメリカにおけるベトナム戦争の憂鬱が、日本にまで波及し、当時の若者は環境問題など悪化する社会情勢と自分の身の上を自ら憐れんでいた。
それから半世紀、格差と貧困は時代のキーワードになった、忍び寄るテロにみなが憂鬱を抱えている。
2つの時代にどれほど共通点があるかはわからないが、本作が昔の話と片付けるにはもったいないほど心に響く作品であることは間違いない。
主人公の恋人が憂鬱を抱えている場面。平面的だが暗くて切実だ。
最も有名なコマ。「明日がくれば悲しいことは忘れられる」に続くセリフ。
イラスト
小梅ちゃんを始めとする女性画が有名。色白で華奢で若干レトロ。
評論『虫と歌』『25時のバカンス』きょうだいが他人だということ。★★★★★
『虫と歌』市川春子 講談社 掲載誌月刊アフタヌーン 出版2009年
『25時のバカンス』同前 出版2011年
市川春子という作家
千葉県出身 札幌在住 大学卒業後、デザイン会社に就職。月刊アフタヌーンでの数度の短編掲載だけで、不動の人気を築き上げた不思議な人。主に高野文子に多大な影響を受けているであろうそのサブカルなイラストが話題に。ここで取り上げる2冊は自分で装丁デザインも手がけている。星野源にイラスト提供したりとその界隈で存在界を強めつつある。2016年現在初の長編『宝石の国』を連載中。
繰り返し描かれる「きょうだい」
この人の作品は不思議で、大好きだ。物語は深刻なようであっさりしていて、逆に画はあっさりしているようで深刻なことを描いている。そこをうまく言えたらいいのだが、言えないので、とても不完全ながら思いついたことを。
この2つの短編集、また『宝石の国』においてもだが、兄や弟あるいは姉や妹という血のつながりのありなしに関わらない「きょうだい」という関係がほぼすべての話に登場する。嘘ではない。忘れた人は以下を見て欲しい。
『虫と歌』
星の恋人
主人公とつつじ。もとはといえば同一人物だが以下の場面で兄妹という関係が出てくる。
ヴァイオライト
唯一この話だけこの「きょうだい」が出てこない。
これだけ例外ということはこの物語が逆にいうとすごく重要なのだが、語るべき言葉がありません。
日下兄弟
タイトルの通り肩を壊した野球部エースが、謎の生物と兄妹のように暮らし始める物語。
虫と歌
表題作。一見普通の兄妹に見える3人だが実はそうではなかった。
『25時のバカンス』
25時のバカンス前編・後編
姉と弟の話。彼女の描く作品では最も直接的なエロが出る。近親相姦という危うさと美しさと持った作品。
はっきりSEXの暗喩である場面。エロさ満点。
パンドラにて
宇宙開拓時代、妹を含む才女だけが教育を受ける、宇宙調査員の将来の花嫁養成所が舞台。実は冷酷な天才である兄が仕掛けた残酷な施設であった。
月の葬式
家出した天才少年が、月からきた難病の異星人と兄弟になる。
ほぼすべてがきょうだいをめぐる話になっているのである。
きょうだいが他人になる。
もう1つ共通点がある。このきょうだいという関係が他人同士になってしまう、あるいはもともと他人であるということであること。25時のバカンス前編・後編の場合だと、姉は貝に寄生されそもそも人間ではなくなってしまう。星の恋人の場合はつつじは腕を切り落とし記憶を失うことで、パンドラにてでは不仲による断絶と殺害で、それぞれ他人同然となってしまう。他の作品ではきょうだいと呼ばれているが、便宜的にそうなっているだけである、つまりもともとが他人だ。
このようにきょうだいが他人に、あるいは他人がきょうだいになるということ、つまりはきょうだい=他人というテーマが繰り返されているということだ。
これは一体なんなのだろう。
25時のバカンス後編より 姉と弟いう関係がわからなくなる場面
きょうだい=他人からの「返礼」
さらに不思議な話がある。すべてではないがこのきょうだい=他者が、再びなんらかの形で「返礼」を与えるというのも共通して見られる要素だ。
わかりづらくて申し訳ないがこの2つの要素が見られる作品を、これまでの整理も含め一つ一つ見ていこう。
星の恋人
主人公さつきとつつじはきょうだいという関係が途中までは構築される、にも関わらずさつきはつつじに思いをよせる。しかし彼女が実は叔父さんのものだということが発覚。主人公の思いに悩んだ彼女は、腕を切り落とし彼女の分身として返礼した。そして彼女はその副作用で、幼女化。記憶を失ってしまう。そしてラストは再生が約束されている腕の画で終わるのだが、それは彼女が主人公さつきの恋人としてもどってくることを暗示している。
読んでない人にはさっぱりだと思いますが、短編ですので是非読んでください。
日下兄妹
謎の異生物妹ヒナ(死産だった妹の名だが)は、ラストの場面で主人公の肩の「部品」を「返礼」する。
虫と歌
これは少し複雑だ。実は主人公である兄の創作物である弟、妹たちは過去何人もいたことが明かされる。「返礼」というはっきりとした形ではないが、彼らにには帰巣本能が組み込まれているらしい。作中登場する不完全な兄妹しろうは、これによって家に変えってきた。これは返る(返る)という、もう少し大きな意味での「返礼」といえる。また、なんども生まれる弟、妹も転生して「返って」きてるとも言える。
25時のバカンス前編・後編
異生物と化した姉は、弟の変質した眼を補うコンタクトレンズを「返礼」する
パンドラにて
冷酷な兄は妹に擬似的な死と、ある意味での解放を「返礼」していると言える。
月の葬式
偽の弟である主人公が、月星人の難病の治療方を「返礼」する。
以上のように何らかの形で「返礼」がある。
「返礼」という言葉でピンとこない方は、大丈夫です。書いた本人もピンときてません。ですが、なんとなく「返って」くるという自己循環的なイメージがあるような気がしている。
再び市川春子という作家
最初に書いたように市川春子という作家は不思議だ。
物語は深刻なようであっさりしていて、逆に画はあっさりしているようで深刻なことを描いている。このようにこれまで述べてきたことも、一見このように見えて…という感がしてしまう。しかしながら、『宝石の国』でもやはり主人公フォスフォフィライトには「きょうだい」の関係が溢れているし、彼女?の行動原理としてシンシャへの「返礼」がやはり描かれている。この作家は寡作ではあるが、まだ若い。これからの作品を
見逃さないようにしたい。
25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)
- 作者: 市川春子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/09/23
- メディア: コミック
- 購入: 17人 クリック: 708回
- この商品を含むブログ (153件) を見る